努力は報われるとは限らない。生まれながらの不平等

努力は報われるとは限らない。生まれながらの不平等050434

「努力が必ず報われるとは限らない」
というと、反感を覚える人がいると思います。

人は、能力の差。生まれながらの不平等を好まないからです。

生まれつきの能力差を認めない

もし、私が今から血反吐を吐くような努力をしたとして、イチローのようなプロ野球選手になれるでしょうか?

答えはNoです。
一生かかったってなれっこありません。

しかし、このように言うと、やはり反感を覚える人もいるようです。

絶対的に補えない能力差というものは、確かに存在します。
ところが、それを認めない人が数多くいます。

「君が上手くいかないのは、努力が足りないからだ!」と、いうように。

努力のせいにした方がラク

この考えは、ある意味では美しいと思います。

生まれつきの能力差は、不平等という感情を生み出し、ある人にとっては罪悪感を生み出すからです。

裕福な家庭に育った人は、貧しい家庭に育った人のことを思って、罪悪感にかられることがあるかもしれません。

そういう罪悪感を消すのに、努力が必ず報われるという理論は、とても役に立ちます。

「私が今、裕福な暮らしをしているのは、それ相当の努力をしてきたからだ」
と思えば、穏やかな気持ちで贅沢なランチをすることができるでしょう。

能力の伸びには個人差がある

別にここでは、精神論を語ろうとしているわけではありません。

私も自分で言うのはなんですが、努力家だと思っていますし、努力できる人を尊敬します。
努力大好き人間です。

ただ、ここで言いたいのは「努力は万能ではない」ということです。

努力をすれば能力を伸ばすことはできるでしょうが、人によって差が生まれ、限界もあります。

同じだけ努力をしても、同じだけ能力が伸びるわけではないのです。

無駄な努力を省くことで、ストレスも軽減される

何をもって「無駄」とするかは難しいですが、明らかに成功する見込みがないことには、あまり労力は費やさない方がいいと思います。

よほど好きなら別ですが、労力も時間も有限なのですから。

あまりにも成果が得られないことばかりをしていると、脳がストレスを受け、次第にやる気を失ってしまいます。

そうならないためには、「自分ができること」と「自分がしたいこと」の区別をしっかりつけるようにしましょう。

そうすることで、脳が必要なぶんだけのやる気を供給してくれて、適切な努力ができるようになります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。